2025年6月10日

梅の実と新緑の季節に ― 六月に感じるいのちの息吹

木々の青葉が日に日に濃くなり、風がほんのりと青く香る季節となりました。

六月というのは、一年の中でもとりわけ自然の恵みが深く感じられる、そんなありがたい月でございます。

本日は、六月ならではの植物の話を少し交えながら、この時期に私たちが見つめ直したい「いのち」や「感謝のこころ」について、お話させていただきます。

寛永寺裏

梅の実の季節に想う「実る」ことの意味

梅の実

六月と申しますと、まず心に浮かぶのが「梅の実」でございます。

梅の花は、春まだ浅い二月頃に静かに咲き始めますが、その花が散ってから三か月、梅雨入りの頃には立派な実をつけて、私たちの目の前に姿をあらわします。

毎年、梅の実がなってまいりますと、近くのスーパーや八百屋では梅干しや梅酒を漬ける青梅をよく見かけます。
あの酸っぱくもしょっぱい梅干しも、元はといえば小さな白い梅の花から始まります。何かを「実らせる」というのは、すぐには結果が出ずとも、見えぬところで時が満ちるのを待つことなのかもしれません。

まさに仏教で説かれる「種熟脱(しゅじゅくだつ)」――
種をまき、水をやり、陽を浴び、時を経て、ようやくひとつの果実となる。
この梅の姿は、日々の私たちの生き方に重なって見えるようにも思います。

そして、梅の実と同じく心を和ませてくれるのが、新緑の木々でございます。

春先の淡い黄緑が、梅雨を迎えるころにはしっかりとした緑へと姿を変えます。
その葉が風にそよぐ音――木々がささやくように感じることもあります。

梅雨の雨もまた「恵み」

『法華経』に、「雨はすべての草木に等しく降り注ぐ」とあります。
人もまた、よいときばかりではなく、雨のように静かに試される時期がある。
そのひとしずくひとしずくが、やがて私たちの心を育ててくださるのかもしれません。

終わりに:日々のなかにある「ありがたさ」に気づく

梅の実のように、静かに時を重ねて実るもの。
新緑のように、太陽に向かって伸びるいのち。
梅雨の雨のように、すべてを包み育むもの。

六月は、そうした「いのちのめぐり」が目に見えるかたちで現れてまいります。
だからこそこの時期には、日々の中にあるありがたさやごはんが食べられること、呼吸ができること、大切な人が今日もそばにいてくれることそんな「当たり前」に、もう一度手を合わせたくなるのです。

どうか皆さま、今月もお健やかに

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